▼ 解 説 ▼

土筆(つくづくし)
   大蔵流 狂言

 男(シテ)が友人を誘って春の野辺に遊びに出かけ、土筆を見て「土筆の首しおれてぐなり」と歌を詠みます。友人が笑うので、男は古歌の「…風さわぐんなり」を例に引いて反論するが、それは「…さわぐなり」となお一層大きく笑われてしまいます。
 また所を替え沢辺にゆくと赤く咲いた芍薬の花をみて、友人が「…今を春べとしゃくやくの花」と古歌にあることを言うので、男は「さくやこの花」だよと大笑いをします。
 とうとう嘲笑合戦となり、怒った男が力づくで勝とうと考え、相撲を挑むが逆に投げ倒されてしまいます。
 「勝ったぞ勝ったぞ」と帰る友人、悔しさが増し相撲は三番の物じゃ、戻って勝負をせいと男は追い込んで入ります。


比良(ひら)
   潮音会 箏曲

 箏曲伝統的な三曲合奏の形を古歌に作曲したものです。
曲の構成は、古典の手事形式の
『前弾(前奏) 前歌 手事 後歌』
となっています。
平兼盛作の和歌で、はるかに比良の高嶺を望む気持を表したものである。


田村
   能(喜多流・和楽会)

 勝修羅のなかで「田村」は仏力を得て鬼神を退治する武勲赫赫たる大将軍を主人公とする、明るく、強い「能」である。
 前段、頃は春、東国の旅僧が清水寺にて一人の「花守り」の童子(前シテ)に会う。花守りが清水寺の縁起を語り、旅僧の問いに都の名所を語る。
 やがて入相の鐘が鳴り、月が出る春宵一刻、値千金の桜散る春の空。
 軒もる月を仰ぎつつ、童子は田村堂の扉を開き中に入る。
 後段は坂上田村麻呂がその勇姿を現す。
 東夷を平らげ、兇徒を鎮めた平安朝の古代の武将である。
 伊勢の鈴鹿山での鬼神退治に勇壮を示し、千手観音が千の手に大悲の弓を持ち、知恵の矢を放つ、観音の仏力を得て敵を滅ぼす。
 大将軍の勇姿を演ずる規模の大きい「能」である。